イラストレーターヒヂリンゴ・聖の
日々つれづれイラスト&photo日記。
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<1年前の夫氏のコト sono14>7月15日

1週間ほど前に、「(昨年の春に行った)千葉の浜焼き食べ放題楽しかったなー。また行きたいな〜。」と窓の外を見ながらふと言い出したので、よしきた!と思ったものの、私は実家の車も手放してしまったし、電車…で行ってフェリー?あ、バスか?千葉方面直行バスとか出てるかな?などぐるぐる考えまくった結果、何故だか楽そうだろうというイメージでバスツアーを思いついてしまい予約〜ということで7月15日海の日は千葉浜焼き🚌ツアーへ。
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朝早く新宿西口駅付近の出発地から大型バスに乗り込み出発。
同じ会社の別ツアーのバスも同時に出発でしたが、そちらの添乗員さんが"あご勇"だったので主人は「あごが良かったー!昔お笑いライブも見に行ったことあるよ。」と超羨ましがっていました。
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連休中日だったため、出発早々早速の大渋滞に巻き込まれ、行きの海ほたるは予定変更で削除、最初に着いた目的地の木更津のアウトレットも結果調整でかなり駆け足だったので、もう効率的にと即解散してそれぞれ好きなものを見て回ることに。主人は夏らしいシューズを買えてホクホク嬉しそうに戻ってきました。
お目当の浜焼きは全然海とは無縁の畑の中?のような場所にあり、超蒸し風呂!!!😭過酷かっ!w やはりこちらも駆け足、、他諸々ともかく移動8割観光2割の内容で、帰りも壮絶な大渋滞に巻き込まれトイレも我慢!ちょっとーwww 18時新宿到着予定が20時半で苦行終了ww
2人共ヘットヘトで、降りるなり、流石に疲れたねー😂となりました。
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旅行といえばいつも全て個人で計画を立てて行く派だったので、バスツアーの利用は初めてでしたが、慌ただしい限りですね!泣。
もしかしたらもっとゆとりのある内容のバスツアーだったら違ったのかもですが、健康な私の身体であってもなかなかのしんどさツアーで、周りの方々も悲鳴をあげていたようだったので、主人は相当辛かったに違いない。。最後の方は足が痛いと言っていました。
今考えればレンタカーや近くにあるシェアカーなどを利用して直接自宅から海ほたるを通って行くのが最善だったな、、ゆっくりと浜焼きだけに行って、のんびり海を眺めて帰ってきたら良かったなと。、、。後悔。
結局2人での最後の旅がこれになってしまいました。。。無念過ぎる。ごめんなさい。

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バスツアーはあまりの慌しさに帰ってきたら写真を全く撮れていないことに気付くw ということで今回は楽しんだ2017年春の浜焼き旅行写真。元気な頃…のはずだけど多分この時既にガンは身体の中にあったことでしょう。
ここの浜焼きのお店は海の真横にあったので、暑くても爽やかだったー。
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JUGEMテーマ:闘病記

 
<1年前の夫氏のコト sono12> 6月27日

1年後の今日に追いつけ追い越せ怒涛の更新期間w
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ひとときの穏やか休薬期間も終わり、抗がん剤4クール目の開始日、とともに、今日は抗がん剤を始めてから初のCT検査結果の日。
ドキドキしながら診察室に入ると、「肺のガンはあまり変わりはないけれど、肝臓にあった大きめのガンがほとんど小さくなって、もうこのカスみたいなのしかないです。」と先生からの報告。"カス"ってwwww 先生、表現wwwと思いながらも、実際に画像も見比べさせてくれて、本当に素人でも見て分かるほど全然変わっていたのでかなり嬉しかった。先生も見比べながら、これが…これ…かな?と判別出来なくなるくらい、大きなガン部分が小さく小さく。点のように。まさに"カス"になっておりました。
主人も大喜びのような喜び方はしなかったけれど、心の中ではとても喜んでいるのが伝わって来ました。
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本当は結果が悪かったら、これだけ辛い抗がん剤をやってきてこの結果…?と主人のやる気が削がれないように、というよりこれ以上のショックを受けないように、事前に病院に連絡をして嘘でもいいからちっちゃくなっているって主人に伝えて欲しいと言おうかな…そんなことできるかな、てかこの状況でバレないようにいつ連絡したら???なんて思っていたまま当日になってしまったので(ダメ嫁w)、、本当に本当に良かった。頑張った結果が出るって嬉しい。
肝心の胃は?と思いましたが、胃は胃カメラを飲まないと詳しくは見られないとのこと、それはそれで負担になるので、胃に関しては肺や肝臓を見ながら判断するのだそうで。
ガンの判断基準になるという腫瘍マーカーCA19-9(ガン細胞が体内でつくる物質の数値)も、初診当初は3131と高数値だったものが、この時1360まで減少(とは言え、正常な人の数値は0.1〜5なのでめちゃくちゃ高い数値ですけれど…😓)このまま奇跡の完治!は厳しくとも、せめて手術適応になるくらいになれればいいなと改めて希望を持った日。
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今回副作用がキツかった話をしたら1種類ほんの少しだけ抗がん剤の量を減らしましょうとのこと。先生曰く長く続けられることの方が大切だとのことで。主人は、「薬減っちゃったよ〜」と不安がっていましたが。
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お薬待ちの時間を使って築地本願寺散策(何故か動物彫刻との顔真似撮影大会)&築地でめっちゃ大きな鰻の蒲焼きを買い、今日の夕飯は鰻丼だどー!と盛り上がりました。本当に鰻好きだなぁ。ガン縮小のお祝いだものね。


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6月28日
近所のクリニックにワクチン接種へ行き、その際に昨日の病院での出来事を報告。お薬が減ったことや血液検査の数値もみてもらい、良いですね!の言葉をもらってまた一安心。こちらのクリニックは午後は往診で医院自体が閉まってしまうので、もしも今後そういう時間に連絡を取りたい時はどうしたらいいですか?と尋ねたら、先生自ら「夜中寝こけている時は出れないかもだけど…w」と言いながら自分の携帯電話の番号をすぐに教えてくださって感激。心強いことこの上なかったです。泣
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丸山ワクチン帰りにカレー屋さんでナンを。もちろんおかわりで。写真はナン撮影時の基本姿勢。皆さんも今後是非。


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6月29日


両親が豪華な佐藤錦をもらったから竹さんに食べさせたい!と実家からやって来る。主人は駅でさくらんぼ(実家で取れたズッキーニや大量の大葉、父作の黒にんにくなど)を受け取って自分は自宅にいるとのことなので、私だけで都庁の展望台へご案内。帰って来てから一緒にさくらんぼを食べる。主人はさくらんぼめっちゃ大好きとのことでうっっっま!とデカい目を更にまん丸くして感動しながらモリモリと食べていました。本当に食べ物を美味しそうに食べる人でございやす。
もらった大葉も大葉味噌や天ぷらにしてモリモリと。ズッキーニや黒にんにくもうまいうまい!贅沢だなぁ〜と言いながら食べてくれていた。肝臓のガンも消えていることだし、我が実家の無農薬お野菜たち効果でもっと元気モリモリになってくれヨー!と願いつつ。。

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<1年前の夫氏のコト sono11>6月24日-25日

予約していた新しい真っ赤なロマンスカーでいざ箱根へ。入ってきた新品ロマンスカーにテンションがあがる。
箱根湯本駅からは箱根登山鉄道で強羅駅まで40分程。普段ならなんてことのない道のりですが、立ち乗りにならないといいなぁなど心配しながら。。でも、タイミングよく行きも帰りも良い席に座れて紫陽花も見頃で綺麗でした。ほっ。
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強羅駅から宿までは直ぐではあるもののちょっと急な坂を上らねばならないと言うことなので送迎車に乗り、主人もさほどお腹の痛みも出ないまま、機嫌も良く順調にお宿へ到着。


今回最上階の大文字焼きの山が見えるという眺めの良い部屋は予約時確約ではなく、眺望が庭側になる可能性もあるなんていう注意書きがありましたが、なんと最上階のそのお部屋になっておりました。ヤッター!ツイテイル!お天気も良く絶景でした。


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ひとしきりまったりしてからお宿内探索をキメまくりまして(中学生以上でないと泊まれない宿なので、館内どこもかしこも静かでゆったりとしておりましたが、1番お子供テンションの我らおじさんおばさんがきゃっきゃと物色)、館内の飲み物お菓子、全て飲み放題食べ放題ということで(まぁ主人はもちろんお酒は一切飲めない身なので)、無駄に色んな種類のお水を部屋に持ち帰り、水の味比べなどをしたりしてから温泉へと参りまして。


温泉後やはり少しお腹の痛みがきてしまった主人は早々にベットで夕食までお昼寝。私はほげーっと山を眺めたり行き届いた部屋の内装をしみじみ眺め回したりコーヒーミルで豆なんぞひいて珈琲を飲んだり。観光など詰め込まず宿メインの計画にして良かったーなどと思いながら。
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夕飯は満腹コースではありましたが、主人は足りねー足りねーと、22時半からオープンの夜鳴きどころという無料ラーメンを2杯…。ホントに尊敬するほどたくましい食道と食欲。私は主人に促されちろちろと横でシャンパンを1杯。
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次の日も朝から腹パンな朝食を頂いて、部屋付きのお風呂も満喫してから、ケーブルカーとロープウェイを乗り継ぎ大涌谷まで足を伸ばしました。天気も快晴だけれど暑くはなく清々しい気候で主人の調子も良さそうだったので、そのまま芦ノ湖の見える桃源台駅まで足を伸ばそうかなとふと思い聞いてみましたが、「また今度来た時でいいんじゃない?」と答えるので、大涌谷で温泉卵(私2つ、主人3つwww)を食べて帰路へ。


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ロマンスカーの時間になるまで箱根湯本でゆっくりとお蕎麦を食べてお土産を見たり辺りの川辺を散策。
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まだまだ明るいうちに都内へ到着。帰ってきたら代々木駅の居酒屋で立てこもり事件があったそうで、ヘリコプターがぶんぶんと騒がしいことになっておりました。現実に戻ってきた感。
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主人はお宿からたんまり持ち帰った食べ放題のお菓子をテーブルに並べて嬉しそうwww 結局全部1人で食べてしまいましたがw 久々の良い気分転換になりました。
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本当は春の入籍当初、秋頃に皆を呼んで結婚式をと予定していたので、式の写真で入籍報告のハガキを作ろうと考えていましたがちょっと厳しそうだなぁと思い、、。6月に入り、自分のイラストで私の友達たちには簡単な入籍報告のハガキを送った為、この頃、素敵なお祝いを頂いたり、プラスで実は…と状況を伝えた友達たちからは、心配の手紙やメール、居ても立っても居られない!と報告したその日のうちに離れた県から駆けつけてくれた友達など、、、泣
私は私で本当に沢山の友人たちや家族、周りの人たちに支えられていた日々でした。感謝してもし切れません。ホントにありがとう。幸せ者です。

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<1年前の夫氏のコト sono10> 6月18日

1年前にあわせて更新しようと思っていたのに、うかうかしていたら既に現実の方が先に進んでしまっている…。のでここから怒涛更新で追いつけ1年前に!w
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1年前の6月18日のこと。
丸山ワクチンが終わりそうなので、追加をもらいに日本医科大学へ。
郵送でももらえるのですが、一応血液検査の数値などをみてもらいながら担当者とお話が出来るというので、私は直接もらいに行っていました。昨晩は夜にPCで音楽編集もするほど調子が良かった主人が、「明日ワクチン俺も行く!」と言っていたのですが、朝になったらやっぱり家に居るとのことで今回も1人で。
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なかなかのお爺ちゃんお医者(白衣は着ていましたがお医者さんなのか?はよく分からず)と面談。
持参したこちらの検査数値や諸々を見てから、「…40代なんて若さで余命3ヶ月なんて言われたら殆どの患者がココにきますよ。」と頭を指差しながら言って、「電車に飛び込む人も居ますから。」とかなんとか。「そうはならずにご本人が居られるのはあなたの力が大きんですよきっと」と急に励まされる。ありがてー。
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専門のお医者がなかなか淡白で…と言ったら、「大きな病院の医者は数値しか見てないですから、心の負担とか考えてないんですよパソコンの画面ばかり見てw」と。「その間をうまくやらないとねぇ、でもあなたなら出来そうですね〜 ^_^」と。何を見てそう言ってくれたのか、みんなにそう言って居るのかは謎でしたが、40代で、、と言われた時に(この時主人は48だったので)、「あ。まぁかろうじてですけどwwてへてへww」とかおちゃらけて笑っていたので悲壮感なくてそう感じてくれたのかなと推測(確かに周りには神妙な面持ちで面談をしている人がたくさん。。) 
でも素直に嬉しかった。この時期はなにげない一言一言に救われる日々でした故。


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そんな話を母にメールで報告すると、「竹さんも悲壮感ないよ!」との返し。
確かに2人とも色々大変ではあったけれど、なんやかんやおならが本当にクサいなんつーどうでもいいこと(しょっちゅうそれで攻撃されていたw)でケタケタ笑っていたので、最後の最後まで悲壮感というものは持ち合わせて居なかったやも知れません。
落ち込む人はひたすら落ち込むよな〜。って確かに思います。もうね、同じ時を過ごすなら笑ってなきゃ損ですからね! そう言いながらも涙はあふれていましたが、そこにひたりきらずに、ふっと遠くからそんな自分を滑稽だな〜なんて観察するような、怒りや悲しみもどんな時でも、負の感情には押し流され過ぎずにそこを楽しんで笑える俯瞰力を持っていることは大切。と常日頃思って生きてます。…なーんてそんな簡単なことではないですけれど。
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6月23日
少し雨模様ではありましたが、主人の甥っ子ちゃんが高校で円盤投げをやっていて、その大会があるというので武蔵小杉まで観戦に。主人の妹さん夫婦ももちろん見えて居て4人で一緒に応援をしてきました。甥っ子ちゃんも喜んでくれていて良かった。

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<1年前の夫氏のコト sono9> 6月8日〜17日

6月8日
ほんとは死んでもいいけど、聖のために頑張る。聖が居なかったら生きてる価値がないと言われる。こんな時でもなければ素直に嬉しい言葉なのかもだけど、悲しい。。。ここ2日、ありがとうありがとう、ごめんね、ずっとずっとありがとね…等、ありがとうを連呼している。どうした夫よ死期が近いか?
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6月11日
3クール目の抗がん剤、声がかすれて出なくなってしまったり、相変わらずの手足のピリピリはあるものの、丸山ワクチンも始めたおかげでなのか、思ったよりは調子が良く安心していたら、10日あたりより体調悪化。(大体抗がん剤開始から4日目〜10日目くらいまでのこの数日が1番調子が悪くなる)
11日深夜2時半頃から凄いめまいと吐き気でオェーオェーと。。。便器にしがみつくも吐けず。この3日間食欲も落ち、数日前までのありがとうモードと打って変わって気持ちも自暴自棄モードに。
全然良くならない!どんどん辛くなってる!こんなんじゃ死んだ方がマシ!もう嫌だ!と怒ったり泣いたり、もうやんなっちゃったよ…辛いよ…と号泣するものだから私も流石に、しんどいねぇ…と言いながら2人でべーべー泣きました。
*
翌朝、お願い元気になっていてー(>_<)と願いながら起きたらやはりめまいだと言うので、食べる気力もないかな…と食べやすそうな卵雑炊を作り一緒に食べる。近所のお医者に先日在庫の関係でもらえなかった薬を私だけで取りに行き、心配しながら家に戻ると、辛子明太子せんべいをボリッッッボリ食べていて「卵雑炊おかわり〜♪」とwwww 昨日死んだ方がマシと言ってた人がwwww、つか明太子せんべいwwww 刺激物!w と心の中でこっそりツッコみを入れた日。と同時にホッと安心。


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6月17日


父の日にて私の実家へ。兄家族も集合。まずは恒例、父の育てている野菜を採りにみんなで畑にレッツラゴー!の途中、買ったばかりのニューバランスを履いてきちゃったよ〜(汗)と親の手前それも言えずこっそり困っていたので、父の長靴を履いてもらいました。お似合いw


その後は庭でプール遊び。子供好きな主人もずっと嬉しそうに2人の遊ぶ様子を眺めており、プールの空気入れもモリモリと。肺にもガンが散らばってるってのに息で膨らますボールもプープーやっていて、母が竹さん苦しくないのかしら、頑張り過ぎなのではないかしら…と裏で超心配していました。そうなんです、頑張り過ぎちゃうお人なんです。

 


*
抗がん剤の副作用として、皮膚が黒くなってしまうというのがあるので、紫外線の浴び過ぎには注意しなければならないのですが、あんまりそこら辺はシビアにしてはおりませんでした。母の抗がん剤の時は手指足指かなり黒ずみましたが、主人の場合は特に闘病中黒ずむことなどはなかったです。
「紫外線に気をつけないといけないってことは、俺、もう海水浴行けないの?」って聞かれた事がありましたが、「うーん、そうだねぇ。お薬中は厳しいのかもねぇ〜」とやんわり答えてあげることしか出来ず。(そんな返し一つ一つ、もう少し言ってあげられることはあったのではないかと今も色々思い返しては悔やみ。)
流石に頑張り過ぎてそうだったので、その後しばらく私の部屋で寝ていてもらいましたが、夕飯も家族みんなでモリモリと食べ、母も竹さんがちゃんと食べられてて嬉しかった!と後からメールをくれたほど。家に帰ってからも実家でもらってきたとうもろこしを、あまっ!うまっ!!とむっしゃむしゃ。
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ガンは糖質を餌にするので、糖質断ちをすると良いというようなYoutubeも観たりしていましたが、"ガンで太ってて死ぬ奴はいない!!!"と言い切っていた主人なりの思いもあって(その時は笑って聞いていたけれど、結局亡くなった時はガンが圧勝して痩せていたので、太れる=安心て気持ちも間違ってはなかったなって)、この時頑張って太ろうとしていたということもありますが、まぁ衰えぬ食欲。食べ物を食べる度に"ごっくん"という飲み込みづらさは見ていても分かるような状態ではありましたが、普通そこで気持ちも萎えるだろうに、凄いな、頑張ってたなって素直に思います。

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<1年前の夫氏のコト sono6> 5月16日

前回のサイクルで、初日の"点滴による抗がん剤"をしたのは入院中だったので、通いで点滴を受けるのは今回がお初。
10時枠からの診察予定、その前に採血があるので1時間前の9時に病院到着。採血を済ませて待ち、診察に呼ばれたのは11時半。そりゃそうです患者さんが沢山だもの。毎回人で溢れる病院で"2人に1人がガンになる時代"というフレーズを思い出していました。
先生の問診を受けて状態を把握してもらって初めてその日の点滴(抗がん剤)の容量も決まるので、そこから更に1時間以上の点滴準備時間が必要。なので抗がん剤開始は14時からとなりました。
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点滴は大体3時間。朝9時に始まり点滴終了が17時だったので本当に1日がかりです。会社に通いながら闘病している人はどう折り合いを付けているのだろうと考えたりしながら、また私らのような中年はまだしも、ご高齢になってガンになる方はたくさんいるだろうに、これは本当に体力勝負だなとしみじみ思いました。
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主人が点滴を受けている3時間の間に、私は前回の入院費用の手続きや保険用の診断書依頼、支払いをしたり、処方箋のお薬をもらいに院外薬局へ行ったりとあちこち回って用を済ませていましたが、ご本人1人で来られている方は点滴後に自分でこれら全てをやるのかな…?吐き気だって出てくる中、そんなの絶対無理だわ…てつくづく思う。。身内がガンになって初めてのことだらけだったけれど、こういう現実もひしひしと実感。


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何より近所の親身になってくれるお医者さんと違って、担当の先生がとても淡白な対応の方で、主人も「○○ちゃん、やっつけな感じがするな〜(2人の間ではこっそり主治医・担当医をちゃん付けで呼んで居た)」と言っちゃうくらいな感じだったので(もちろん先生も人間、あれだけ沢山のガン患者さんを毎日診続けていては、ある程度淡白にしていないと先生の方が人として参ってしまうだろうと思ったりもしていましたが)、
セカンドオピニオンを受けた方が良いかなーと思いながらも、そうなるとまた1から検査検査で余計な時間や体力精神負担がかかるだろうしなぁ…受けたとしても今よりも良い担当の先生にあたるとは限らないし…と、結局はそんなことをアレコレ考えながら最後までこちらの先生にお世話になってしまった訳です。
治療自体はどこへ行っても同じ治療だろうことは近所の先生にも言われて居たので良いのですが、同じ治療をするにしてもせめてフィーリングの合う先生が良かったな…と。今となっては思うことは沢山あります。本人がそうしよう!と自ら進んで動こうとしてくれるならまだしも、こちらの気持ちだけでしんどい体の人間をあちこち連れまわすのもやっぱり考えるところがあり、。こういう目の前に死をぶらさげられた場に実際に直面し、1つの判断が命とりとも考えると、やはりなかなかサッとの判断で動けるものではありませんでした。
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いざという時に後悔はなるべくないようにと掲げて、全力でできる限りのことをとしてきたつもりではありましたが、あの時こうしていたら、あぁしてあげれていたら、なんてことはやはりずぅっと尽きなくて、思い悩み後悔することがやまほど、本当に沢山あるのですが、
そんな話をしていたらつい最近出会った方に、「その人を想ってしたことは全て正解だと思うよ」と、すっと言われてすごく、すごく救われました。
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私もこれから先そういう、人に対する"悔い"を抱えている人に出会った時は、そう言ってあげれたらなと思います。結果が良いから正解なんじゃない。結果はどうであれ、その時本気で思ってしたことは正解なんだと思うよ。って。


病院帰宅後の恒例お薬の仕分け。あまりに薬が大量なので毎度薬袋から取り出して飲むのは分かりづらい為、朝昼晩1回ごと小袋にまとめておりやした。
これは昼の分。ここには抗がん剤は入ってません。頓服もまた別途。本当に大量。

1年前の18日の今日、大好きな近所の駄菓子屋へ。

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<1年前の夫氏のコト sono5>

前回の夫氏記事で願った明治神宮の日のような穏やか気持ち良い日はやはり続く訳もなく、、。
以降主人の体調は毎日お腹は痛いし(最近は背中も痛いそう)副作用による下痢便秘の繰り返しでよろしくなく、不安もあってイライラが募って起きがけからプリプリの日も多く。私もその対応になかなかヘトヘトではありましたが、今振り返って考えるとそりゃイライラもしたくなるよな…って本当に思います。最後の最後の方まで痛みの出ないガンも中にはあるようですが、とにかく痛いガン闘病はしんどい。みてるのもしんどい。
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この頃の主人は鏡をみては、「皮膚がおじいちゃんみたいになってきた気がする(;_;)」と嘆いたり、死後の世界を語るYoutubeなんかをベッドで観ていたり…。ガンが消えるとかいう音の流れるYoutubeを流しながら寝て居たり(同時に爆食レポYoutubeもたくさん観てましたけれど。衰えぬ食欲!!!w つかYoutubeが過ぎる!)ともかく不安で不安で不安で仕方なかったはずだろうけれど、この頃はまだ涙は出していませんでした。この時は私がそうであったうように、夫もどこか私の見えないところでしくしくと泣いていたのだろうか。
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そんな1サイクル目の抗がん剤を終えて休薬期間に入って(やっぱり休薬期間の方が調子が良い感じ。)数日経った一年前の一昨日12日は久々にとてもごきげんDay。仕事をしている私の後ろで、TV懐メロ特集を見ながらメロディを口ずさむ主人。思わずこっそり録音。。泣ける歌ばっかやんけー!くそー!!!
普通の暮らししてたらね、こんな夫の口ずさみなんて録音しないさね。こんなことさえも貴重だな。残さねば。と思えてしまう心境でございました。
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泣ける人にしか泣けないおっさんの口ずさみ動画。

JUGEMテーマ:闘病記

 
DEAD WARRIORS

主人が何度となく演っていたRED WARRIORSのコピバン、DEAD WARRIORS (ダイヤモンド✴フユカイ)用のステージ衣装としてその昔作ってあげたアメリカ国旗マント🇺🇸が棚の奥から綺麗にたたまれて出てきた。
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あげた時は超喜んで早速着けて海老名の夜の駐車場をマントなびかせて走り回ってた。太ったおっさんがデカい国旗マントつけて夜の駐車場走り回るって、不審過ぎて捕まるレベル。それをキャッキャ喜んで眺めてる女も不審者。
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サテンの布を買ってきてちょきちょき✂縫い縫い(もちろんミシンでやけど)。
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星の部分が泣けるんですけどw こんなん縁とか縫わずにアイロンで貼るだけで良くね?w


裏から見るとここら辺の処理、何をどうしてるのかサッパ リ。
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しみじみ眺めるとマジでよく作ったなと過去の私に拍手喝采を送りたい。愛ってスゴイね!(つかお前相当暇だったんだろ)。
なんにせよ今じゃ作れんよw

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スリムボーイwwwww

これはレッズじゃない時だな確か。

これもレッズじゃなかったかしら。結果何にでも使用。

キチンとたたむ人。
JUGEMテーマ:日記・一般
 
主人のこと番外編 っつーか私のこと。

人が居なくなるというのは本当に不思議なもので、そしてあっけないとつくづく思う今日この頃です。
私は自宅で、2人きりの状況で主人を亡くしている為(運ばれた病院で一瞬は心肺蘇生してもらいましたけれど)、目の前で息をひきとる、事切れるその姿が今もはっきり目に浮かぶので、本当に本当にその瞬間はつくづくあっけない…嘘のようだなとしみじみ思う訳ですが。。
人は皆生きている限りいずれ誰か大切な人は失うものとは分かって居ながら、出来ることならもう私が知っている人だーれも死なないでくれ〜なんて勝手なことを強く思います。とにかく今は無理!やめて!w(自己中)
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昔は事故や災害で身内を亡くして、引きこもり、立ち止まっている人、心を壊してしまった人、そんなドキュメンタリーを時々テレビで見るたびに、生きてる人間はやっぱり前に進まなきゃ。なんて心の中で思うような人間でした。
でもそんなに簡単なことじゃないなと、結局経験してみないとその人の気持ちなんて分からないなとつくづく身に沁みて、当時そんなことを思ってしまったテレビの中の人にごめんなさいと思います。寄り添う気持ちが欠けてました。
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そろそろ泣き止む?とか聞かれることもある私のもとに、もう何十年と長いこと会っていない高校時代の友人から手紙がきまして。(主人を亡くしてからたっくさんの人にお手紙ももらいました。その度にその温かさに心救われました。ありがとうございます。)
その友人が初めて打ち明けてくれた会ってない間の友人の話。私なんぞよりはるかにしんどいその経験故に察してくれる部分があり文章全てが胸にきました。「周りの人に、いつまで落ち込んでいるの?とか、立ち直りなよ。とか強めの励ましを受けても、何年経っても、何十年経っても私がいつでも一緒に泣くからね!」と書いてくれていて号泣。本当にありがたい限りです。
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私なりに今は、なんやかやと誘い出してくれたり声をかけてくれる、たくさんの心優しい友人や主人繋がりで知り合えた温かい人達のおかげで引きこもらずにはやれていますが、まだまだ自分自身も分からない部分で心はぐらっぐら危ういところで揺れているようで。時々ドシーーーーーーンと主人が全体重で(相変わらず重いw)降りてきて涙がアホほどとまらなくなる日があります。(昨日今日はそれで若干廃人です)
もちろん未だに毎日涙は流れない日はありません。それでも半年経って、急に道端なんかでスッと泣いても、スッと終われる感じの感覚が身についてきて?少しだけその発作コントロールが出来るようになってきたかなと思っていたところ、なんだか昨日は無理でした。そんな時は我慢せず思いっきり泣き浸るようにしてます。(目がのび太3_3になるので次の日予定ない日限定ですがw)
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色んな歩み方はあるだろうけれど、そんな風にして生きてる人がこれまたわんさかこの世にはいるんだろうなと思いながら。何もかもが虚しいと思ってしまう日もあり、生きている意味なんてのを考え出すと迷宮に落ち込んでしまう気がするので今は考えません。でもまぁ、持ち前の俯瞰力?お笑い力?で笑えているので、なんとかなってるかなと。(あ、でもそんな今も自分不幸だとは思ってませんヨ!うまく言えないけれど、、浸っている訳ではないのです。色々幸せは感じています。)なるべく出かけて笑ってゆこうかねと。ある意味超立ち止まっているとも言える状況ですが、これもきっとなんらかの糧になると信じてBBA頑張るっす!全くとんでもない課題を残して死んでくれたもんだ!予定より10年ははえーぞ!と。(その予定もそもそもだいぶ早いけどw)
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そんなつれづれ。また長い。

JUGEMテーマ:闘病記

 
<1年前の夫氏のコト sono7> 5月20日

ガン告知をされてからは、主人はともかく1人になるのが不安で、スーパーへの食材買い出しも何をするにも私の行くところ全てに付いてきていましたが、1年前の今日はスーパーに行くまでの短い道すがら、手がピリピリしてお腹も痛くなってきた…😣と、スーパーまで半分くらいのところから気落ちして1人で引き返して行きました。。その切ない後ろ姿を見送りながら私は泣き、買い物をさっとして帰ったら、主人も辛いしんどいと、ガン告知から初めて私の前で泣きました。(;_;)
感動や悲しいこと含め私の前で泣くことは良くあった元々涙もろい主人だったし(ドラえもんの映画とか見ながらびっしょびしょ(汗含む)の大号泣とか)逆に今まで泣かないことの方が不思議だったので、逆に泣いてくれて、ほっ。
*
この頃色々な方に様々な療法をお勧めしてもらっていて、兄から教えてもらったNK(ナチュラルキラー)細胞という免疫療法や他の方に聞いた高濃度ビタミン注射もかなり気になったのですが、なかなか高額な治療だったので主人とも足踏み。唯一、国に認可はされないものの昔からひたすら治験を続けている良心的な値段の丸山ワクチンという免疫療法だけはやってみようかね?という話になりました。いつもの近所のお医者に相談しても、自分がガンになったら丸山ワクチンならやってもいいかなと思うと。他はやはり医者の立場からすると、お金を取り過ぎだと思ってしまうとのことだったので。
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丸山ワクチンは千駄木にある日本医科大学が研究をしているワクチンで、初回は説明会に参加し40日分のワクチンをもらって帰ってきます。40日分で約1万円。以後は検査報告書を持って日本医科大学に直接もらいに行くか、郵送でも対応してくれます。


主人も一緒に行くと言っていたものの、説明会当日、調子がすこぶる悪いとのことで、早く帰るからねー!と、私だけで説明会に。病院には全国各地からワクチンを求める方が来ていました。当たり前ですが飛行機で来られている方もいて、都内在住のありがたさを実感。。たまたま隣になり気さくに話しかけて来てくれた方はお父様が末期ガンで、すでに黄疸が出て腹水も溜まっている状態とのこと。それでもお父さん本人が新幹線に乗って1人で説明会に来ようとしていたんですよと聞いてなんとも言えない気持ちに。
え?腹水が溜まっている状態のままお医者から返されるってどういうこと???と全く理解不能で、「そんなことあるんですか???お医者さんはどうにかしてくれないんですか?」なんて話していましたが、このわずか5ヶ月後に自分の旦那もまさにその状態になるとはこの時は思ってもみませんでした。
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丸山ワクチンは1日置きに腕に打つ注射です。うちは幸い度々話にあがっている近所のお医者が快く引き受けてくださり担当してくれることになりましたが、どうやらワクチンはもらえてもそれを打ってくれるお医者を探すのが大変だったりするようで、一緒になった方のお父様も自ら30軒近く探しまくって連絡するもどこからも断られ、ようやく見つかった県外の病院に1日置きに通うことにしたとか。。
この辺は本当に恵まれていたとしか言いようのない状況で、快くワクチン担当を引き受けてくれた徒歩5分内の1日置きの温かいお医者(元ガンの専門医)と3週間に1度のガン専門医と、2つのお医者に同時に診てもらっているような形になり、安心感がありました。3週間に1回のガン専門医だけでは2人ともとてもではないですが不安で不安で仕方なかったと思います。そういう意味でも丸山ワクチンはやって良かったなと思います。もちろん近所のお医者の毎度の対応、サポートが素晴らしかったからですが。
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腹痛は相変わらずな上に、痛くなったら(飲めば飲むほど量が増えるなどということにならない薬であるため)気にせず飲んでいいと言われている痛み止めを主人が拒むので、(既にこの時12時間ごとに飲む長時間緩やかに効く痛み止めも常時服用はしていました)強烈な痛みが始まったら私が出来るのはお腹をさすってあげることくらい。痛み始めたら何時間でもさすさすしている状況で、私も他のことが何も出来ないし、そもそもひたすらそんな痛みを耐えるのはしんどいだろうし、素直に痛み止めを飲んではくれないものかのぅどうしたもんじゃろのぅ…と薬剤師さんと話し合ったくらいだったのですが、本人に何故飲まないで頑張るのかと聞いたら、その薬を飲むとぼーーーっとしてしまい、しっかり生きている感じではなくなってしまうのが嫌なのだそうで。(;_;)
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初めてのワクチン接種の22日は、帰りがけお腹痛いながらも、「鰻を食べに行こう!」という主人の提案で、2人でのんびりお医者から新宿まで20分程てくてくと歩き、小田急百貨店内にある双葉という鰻屋さんで豪華なうな重を食べて来ました。主人も贅沢かな〜なんて言いながら特上を食べて、うっひょ〜うまい!と大満足。^_^

鰻屋さん帰りに京王百貨店をウロウロ。美味しそうだねぇとニューヨークパーフェクトチーズを並んで購入。
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くっっっそなげぇ話wwwどうにかならんもんかのぅw

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